Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

自分用メモ 52


色んなことに集中できている時期はいいのですが、そうじゃない時期は1冊の本を通して読むことが少なくなってきます。読みきらないうちに別の本に手を出し、それも読みきらないうちにまた別の本に手を出し……と繰り返してしまうわけです。

そんな状態でも一応、読んで知ったことは記録しておきたい。記録を残せば後で振り返る可能性が生まれるけど、残さなかったらそもそもの可能性がゼロになってしまう。たとえメモ書きでも無いよりはマシだろう。
……そう考えて、書き留めておく次第です。以前はこういう方法に否定的だったんだけどね。


徒然草

徒然草』を少しずつ気が向いたときにだけ読んでいます。校訂・注・訳はこのブログでも何度か触れた放送大学の島内裕子先生。

世を背ける草の庵には、静かに水石をもてあそびて、これを余所に聞くと思へるは、いとはかなし。静かなる山の奥、無常の敵、きほひ来らざらんや。
(百三十七段より)

(意訳)世捨て人になったからって、運命を超越したと思ってるやつはかわいそう。山の奥で暮らそうと、いつ死ぬか分からないという意味では世間一般の人と同じなのに。

大方、何も、珍しく有り難き物は、良からぬ人の、もて興ずる物なり。然様の物、無くて有りなん。
(百三十八段より)

(感想)そうはいっても、なかなか難しい。時代の進むスピードが兼好法師の時代より速いからなぁ。「不易」が何なのか見抜く目があればいいんだけど、そんなことができるのはいわゆる天才だけで、天才は徒然草なんか読まんでも成功しとるだろう。

徒然草 (ちくま学芸文庫)

徒然草 (ちくま学芸文庫)



熱学思想の史的展開

  • 今日、熱はエネルギーの移動や仕事への変換効率という「関係概念」と捉えられている。あるいは、原子の運動の激しさという「状態概念」と捉えられている。所詮文系なんでこの辺あんまり分かってないです。
  • 重要なのは「熱のもとになる物質」があるとは考えられていないこと。つまり、熱という性質が「モノ化」されて捉えられているわけではない。
  • アリストテレスによる「質の自然学」と「論理学」が中世までの科学の根幹だった。質のモノ化。
  • 質の自然学に異を唱えたのが機械論。しかし、機械論でも「熱の原子」などを仮定しており、質のモノ化を逃れ得ているわけではない。
  • (以下感想)質をモノと捉えるのは人類の習性なのだろうか? 「性格」なんかもそうだよな。他人の行動を見て、「あの人は『○○な性格』という『モノ』を持っている」と捉えている。
  • 廣松渉の物象化論と比較したらどうなるんだろう?