Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

読みました 23


藤森照信『フジモリ式建築入門』と鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』を読みました。

今回は、馴染みのない分野の本を雑に読んだら何が得られるかという実験です。何も得られていないかもしれません(ぉぃ)。

【フジモリ式建築入門】

  • 建築とは「美の器」であるとともに「記憶の器」である。記憶の器になり得るのは長持ちするから。
  • 意外にも「美」という抽象的な概念は日本建築では自覚されていなかったらしい。
  • 書道に楷書・行書・草書があるように、造形の世界にも「真・行・草」の分類がある。日本建築においては書院造が真、数寄屋造が行、茶室が草。
  • ここで注意すべきなのは「書院造→数寄屋造→茶室」と発展したわけではなく、「書院造→茶室→数寄屋造」の順であること。つまり「真→行→草」という一方向の変化(格式の崩れ)があったのではなく、「真と草を止揚して行になった」というべき変化があった。

小西甚一の雅俗論を想起する。ただ「草」と「俗」の細かい意味は違ってくるだろうから、その辺を深く考えたらどうなるか。


【ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか】

  • 「生き物すごい!自然すごい!」と礼賛するだけでは発想が狭まる。それは著者の本意ではない。著者はむしろ「なんで自然界には限られた造形しかないのか? なんでもっと違う形の体をもったらいけないのか?」と考えてほしい。
  • 生き物の体は分散処理+現地生産。体内で輸送・加工・廃棄できる材料でしか体を作れない。だから金属やプラスチックで体を作ることは難しい。
  • また、現地生産だと血管などの輸送管が必要になるので、回転関節(ドリルなど)も使えない。
  • ロボットの体は集中処理+工場生産。設計図に従って作る。一つ一つの部品に自己複製能力がない。
  • 生物の進化はマイナーチェンジの積み重ねであるため、長い時間がかかる。ロボットの進化はフルモデルチェンジ。もしロボットの進化に「カンブリア爆発」に当たる時期が来たらどうなるか。

→これは放送大学の人類学の授業でも習った気がする。「進化で体を変えるのは遅い。知識を積み重ねるのは速い」と。