Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

読みました 22


子安邦宣『「近代の超克」とは何か』を読みました。

「近代の超克」とは何か

「近代の超克」とは何か


私にとっては難しい本でしたが、どうにか備忘録程度に書き留めておきます。


「近代の超克」は、雑誌『文学界』で1942年になされた座談会です。出席者を大きく2つに分類すると、一方に哲学者や歴史学者(京都学派と呼ばれる人々)がいて、もう一方に詩人や文学者(日本浪漫派と呼ばれる人々)がいました。


この座談会は英米との開戦を肯定的に捉え、近代を超克するための戦いだと位置づけたことで知られています。

もちろん今日の目で見れば、そのような論調には偏りがあります。

なぜそうなったのかを大掴みに述べると、

1. 京都学派は

  • 日中戦争がなぜ起きたのか説明できなかった。
  • 日中戦争が終わりそうにないという事実を認めたくなかった。

2. 日本浪漫派は

  • 国内外の閉塞感を「詩的表現」によって乗り越えようとした。
  • 軍事力の行使を「肉体による詩的表現」と肯定的に捉えていた。

このような背景があり「真の敵は『近代』を作ったやつらなんだ」「真の目的はアジアを『近代』から解放することだったんだ」という考えに傾いていくわけです。


太平洋戦争が始まった直後に詠まれた歌が載っているので引用しておきます。

耐へに耐へこらへ来ましし大み心のらせ給へば涙落ちにけり

創造の戦をわれら戦へり大東亜遂に一つに挙らむ

(吉植庄亮)

輝し大東亜生るる胎動は今し極り対米英開戦す

太平洋に血飛沫しぶく今日の日に脈搏つをきく民族の魂

(八代かのえ)

南の洋[うみ]に大き御軍[みいくさ]進むとき富士が嶺白く光りてしづもる

ひたぶるの命たぎちて突き進む皇軍のまへにABCD陣空し

南原繁


自分も短歌をやっているので、身につまされます。
周りの人間がこういう歌ばかり作っていたとしたら、流されずにいられるか。正直まったく自信がありません。たぶん流されます。その自覚を持っておくことは大事だと思います。


最後に付け加えておくと、著者の子安氏は中国が「独自的近代」を主張することにも批判的です(12章など)。

「近代の超克」とは何か

「近代の超克」とは何か