Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

中文218


今天也从翻译维基百科开始呀。

駢體文是古代中国一种特有的文言文文體,其句式多由四字或六字(四六句)及對仗構成,故又稱四六文、駢儷或駢體。具駢文特點而押韻者稱駢賦。駢文在文学界上長期為廣泛研究,然其因为文章受限於追求藝術技巧之故,适于写景而不适于敘事。

※どうも繁体字で書かれているようですね。


今日もWikipediaの翻訳から始めるよ。

駢文とは古代中国に特有の文語文の文体である。多くの場合、句の形式は四字句または六字句であり、また対句構成になっている。よって四六文、駢儷、駢体ともいう。駢文の特徴を持ち、しかも韻を踏んでいる文は駢賦という。文学の世界では長く、広範囲にわたって、駢文の研究がなされてきた。しかし芸術的技巧の追求によって字句が限られるせいで、情景描写には向くが記録文には向かない。

→「敘事」を記録文と訳したのはちょっと意訳しすぎかもしれません。

源自東漢,盛行於南北朝 《说文》解釋:“骈,驾二马也,从马并声。”四六文名稱源於唐末李商隱的著作《樊南四六甲乙集》,之後始得名。
尚書》已有駢文的格式,《尚书·舜典》说:“流共工于幽州,放驩兜于崇山,窜三苗于三危,殛鲧于羽山,四罪而天下咸服。”秦李斯所做之《諫逐客書》已具駢文特色。于景祥认为:“辞赋早于诗文骈化,所以中国诗文的骈化皆源于辞赋,尤其文章之骈化更为直接地导源于辞赋。”

※なんか簡体字繁体字が混じっているように見えます。複数人で編集した跡でしょうか。

駢文という名の起源は後漢にあり、南北朝時代に『説文』の解釈によって広まった。『説文』には「駢という字は二等の馬が車を引くことを指す。馬という字に「并」という音声が付属している」とある。四六文という名の起源は、唐末の李商隠の著作『樊南四六甲乙集』である。以後、四六文と呼ばれるようになった。
しかし後漢よりさらに古い時代の『尚書』には、すでに駢文の形式が見られる。『尚書』の舜典には「※自信がないので訳しませんが、対句が使われていること、字数が4や6に近いことを原文で確認してください」とある。また秦の李斯による『諫逐客書』も駢文の特色を備えている。
文学研究者の于景祥は「辞賦は早くに詩として駢文化していた。したがって中国の詩文における駢文の起源はみな辞賦にある。とりわけ文章の駢文化は辞賦を直接の起源とする」と考えている。


要说为什么我看骈文的记事,我推断日语也被骈文影响。至少,从奈良时代到平安时代前期,骈文的影响会很大。
なぜ私が駢文の記事を見ていたかというと、駢文は日本語にも影響していると思うからである。少なくとも奈良時代から平安前期にかけての影響は大きかったはずだ。