Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

Composition 118 プロ倫


引き続き3センテンスずつ訳していきます。

Hence in a universal history or culture the central problems for us is not, in the last analysis, even from a purely economic viewpoint, the development of capitalistic activity as such, differing in different cultures only in form: the adventurer type, or capitalism in trade, war, politics, or administration as sources of gain.

よって、近年の研究において、普遍的な文化史を構想するにあたっての中心的な問題は、資本主義的な活動そのものの発展のあり方を捉えることである。
資本主義的な活動そのものを捉えるとは、つまり狭義の経済学的な観点から考えるだけではないということだ。
各文化によって資本主義の発展のあり方は違う。投機家による資本主義もあれば、貿易、戦争、政治による資本主義もある。利潤の源泉として経営が行われることもある。しかし形が違うだけで、そこに共通の性質があるとも考えられる。

※できるだけ自然な日本語にしようと努力していますが、そのせいで正確な訳にはなっていないかもしれません。

It is rather the origin of this sober bourgeois capitalism with its rational organization of free labour.

というより、普遍的な文化史の中心的問題は、自由労働の合理的な組織化をともなう、謹厳なブルジョワ資本主義の起源である。

Or in terms of cultural history, the problem is that of the origin of the Western bourgeois class and of its peculiarities, a problem which is certainly closely connected with that of the origin of the capitalistic organization of labor, but is not quite the same thing.

または、文化史の用語で言うならば、問題は西洋のブルジョワ階級の起源と特殊性である。それは資本主義的な労働の組織化の起源と密接に結びついてはいるが、まったく同じものというわけではない。


今日の内容はかなり硬いですね。慌てて訳したので誤解もあるかもしれません。気づいたらコソコソッと直しておきます。