Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

国語の宿題を作ってみた


私は一応プロの塾講師・家庭教師です(稼げているとは言ってない)。いままで英語の宿題を作ったことはあったのですが、このたび国語の宿題も作ってみました。

※元の書式は縦書きなので、下線部ではなく傍線部という言い方になっています。

※設問はほぼノリなので、記述問題の答えは私にも分かりません(ぉぃ)


 以下の文章を読んで問いに答えなさい。

 何のために文章を学ぶか。
 人間が協和社交の動物である限り、自分の思想を他人に伝え、また他人の思想を自分に受けずには、生存していかれまい。思想を伝えるには動作をもってすることがあり①言語をもってすることもあるが、➁なかんずく最も広く、最も長く、かつ最も確かに思想を伝え得る方法はといえば、文章を➂措いて他にはない。
 言葉を持たぬ者は手真似で話をする。しかし不自由至極で複雑な思想を発表することはできぬ。そこでぜひ複雑な思想を交換せねばすまぬ自然の必要から、人間はその音声を利用して言語というものを発明した。
(中略)
 しかし、音声というものは、発する後からすぐに消えてしまうもの、したがって言語の用はその時その場合きりで、相手が一人か、数人か、数十人かに限られる、④せいぜい大きな声でも数千人にしか達し得ない。されば人間の社交が一部落だけの範囲であった時分には、思想の交換も言語だけで十分であったが、社交がおいおい遠近に広がり、➄有無の融通が頻繁になり、生活の状態がますます複雑になると、言語だけでは不便不足なところがあるのを感じ、そこで文字というものを発明した。文字は言語を写す符徴である。文字をもって言語を書き写せば、いかなる遠方の人、いかほど大勢の者にも、自由自在に思想を伝えることができる、また百年千年の後までもこれを精確に残すことができる。
(中略)
 ➅文字の徳はすなわち文章の徳である。世の中に➆思想の弘布永存ほど重大なことはない。「文章は経国の大業、不朽の盛事」と魏の文帝が言ったのも、そういう意味に解釈ができよう。

出典:芳賀矢一『作文講話及び文範』


【問題】
1. 傍線部①の「言語」とはどのような言語でしょうか。「文章」と対比させられていることに注意して答えなさい。
ア)言語学者が研究している言語
イ)口で話されたこと、話し言葉
ウ)文字で書かれた言語
エ)身振りや動物の鳴き声まで含めた言語

2. 傍線部➁の「なかんずく」とはどのような意味でしょうか。
ア)めったにないほど
イ)仲良く
ウ)誰でも分かるように
エ)とりわけ

3. 傍線部➂の「措いて」は何と読みますか。
ア)ひいて
イ)みがいて
ウ)のぞいて
エ)おいて
オ)こまねいて

4. 「措」という漢字は、この場合どのような意味になりますか。
ア)決定する
イ)実行する
ウ)除外する
エ)借りる
オ)昔のできごと

5. 傍線部➄の「有無の融通が頻繁になり」とは、どのような意味ですか。
ア)前の時代になかったものが生み出されて
イ)融通の利く人たちが増えてきて
ウ)仏教の悟りを開いた人が増えてきて
エ)足りないものを提供し合うことなどが増えてきて

6. 傍線部➅に「文字の徳」とありますが、この場合の「徳」とは何のことでしょう。
ア)文字の利点
イ)書き手の人徳が文章ににじみ出ていること
ウ)文章を読むことで書き手の人徳に影響されること
エ)時間やお金がかからないこと

7. 今日ではあらゆる人々が、さまざまな方法で「文章」を発信することができます。その中に傍線部➆「思想の弘布永存」を目指している人はどれくらいいると思いますか。

8. もし「思想の弘布永存」を目指す人が少数派であるとしたら、多数の人たちは何を目的にしているのでしょうか。自由に答えてください。

9. 今日では「文章」の重要性が高まっていると思いますか。思いませんか。理由も添えて答えてください。

10.『作文講話』は100年ほど前に書かれた本です。筆者は傍線部④で「せいぜい大きな声でも数千人にしか達し得ない」と言っていますが、今日ではマイクを使えば数万人に聞かせることができるし、音声や動画をインターネットで世界中の人に配信することもできます。筆者がいう「言語」の重要性は、再び高まっているのでしょうか。あなたはどう思いますか。理由も添えて答えてください。