Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

Composition 90 都市的な盆踊りとしての郡上踊り


曽我孝司『郡上踊りと白鳥踊り』p60-61

「郡上踊り」に先祖供養の宗教的な色彩が見いだされないのは逆説的ではあるが、郡上一円に根付く浄土真宗の宗教的風土が影響していると思われる。
(中略)「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることは現世に生きる者が阿弥陀様の仏恩に感謝し、報いるためであり、先祖を供養するために称えるのではないと[蓮如が]説いている。蓮如上人はお盆に念仏を称え、先祖の追善供養や特別な仏教行事を行うことについては否定的であった。郡上一円では蓮如上人のこのような真宗の教えが広く浸透し、お盆に行われる先祖供養の精霊迎えや精霊送り、灯籠流しなどの仏教行事はほとんど行われていないのである。
(中略)また、お盆は生業から解放される唯一の時間であり、お盆に行われる盆踊りはあくまでも先祖供養の仏教行事を意識することなく踊られる、娯楽や慰労の一時であった。

Gujo Odori does not have a religious tinge. Paradoxically, that is because the Jodo-Shin sect has taken root all around Gujo district.
[omit] The Saint Rennyo, the 8th head-priest of the Honganji Temple, advocated that the purpose of prayer to Amida Buddha was not to hold a memorial service for ancestors but to relieve the believers who lived in this world. He was negative about making an especial Buddhist event during the Bon Festival. Rennyo's doctrine was accepted well in Gujo; therefore, the residents rarely have a memorial service, such as Spirit Boat Procession.
[omit] Besides, Bon Festival was the only term of a year that the residents could take holidays. They performed Gujo Odori primarily for their recreation, not for their ancestors.

※リーダビリティ・スコアは44。アプリ曰くニューヨークタイムズと同じくらいの読みやすさ、最低でも16歳くらいでないと読めない、とのこと。今日はあんまり調子がよくないですね。もっと上手く意訳できれば50は超えられたと思うのですが。


【雑感】
曽我先生によると、郡上踊りは「城下町の盆踊り」です。つまり「農村の盆踊り」とはちょっと違って都市的なのです。その性格を箇条書きにしてみると

  • 先祖供養という性格が見られない(引用文の内容)。

→だから郡上にルーツを持たない者でも踊りに参加できる。よそ者や観光客は元からウェルカムだった。

  • 白山の近くなのに白山信仰の影響が見られない。

→対照的に、郡上の農村部の盆踊りには白山信仰の影響が濃厚。

→都市には進取の気風があったということ?

  • さまざまな寺社の「縁日踊り」を郡上踊りの中に組み込んでいる。

→その結果、郡上踊りは32日間もの長丁場になった。蓮如が他宗派に寛容であったことも影響しているとのこと。

まとめると、「宗教色が薄い」ことと「排他的でない」ことが特徴だと言えるでしょうか。