Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

Composition 80 第七官界彷徨


尾崎翠第七官界彷徨』p100-101

 三五郎の部屋では、寒い空気のなかに、丁度三五郎の寝床がのべてあった。私は早速睡[ねむ]りに入ろうとしたが、二助の部屋からつづいている臭気のなごりと寒さとのために、私は*1ただ天井をながめているだけであった。
丁度私の顔の上に天井板のすきまがひとつあって、その上に小さい薄明がさしていた。三五郎の部屋の屋根の破損は丁度*2垣根の蜜柑ほどのさしわたしで、私は、それだけの大きさにかぎられた秋の大空を、しばらくながめていた。
この閑寂な風景は、私の心理をしぜんと次のような考えに導いた――三五郎は、夜睡る前に、この破損のあいだから星をながめるであろうか。しばらく、星をながめているであろうか。そして午[ひる]近くなって三五郎が朝の眼をさましたとき、彼の心理にもこの大空は、いま私自身の心が感じているのとおなじに、深い井戸の底をのぞいている感じをおこさせるであろうか。第七官というのは、いま私の感じているこの心理ではないであろうか。私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯いて井戸をのぞいている感じなのだ。

In Sangoro's room, it was cold, and his futon was laid out on the floor. I tried to sleep there at once but couldn't do it because of the coldness and an odor of manure permeating from Nisuke's room. I just saw the ceiling for a while.
There was a hole on the wooden board above my head, and a glimmering light was coming through it. The size of the gap was just equal to the mandarin growing on the hedge. I was looking at the sky of autumn citrus fruit-sized.
This quiet atmosphere spontaneously made me think as follows; When Sangoro goes to bed at night, can he see the stars from this rift? Is he viewing the stars a minute? After he gets up toward noon, does he feel like as I do? Namely, though he is lying on the futon and looking up the sky, does he feel like as he is looking into a well?
I wondered if the seventh sense of human beings formed the state of my mind at this time.

※リーダビリティ・スコアは83。アプリ曰く11歳くらいから読める英文。


【雑感】
主人公の小野町子の夢は、詩人になることです。彼女は人間の「第七官」つまり7つ目の感覚に響くような詩を書きたいと考えています。
といっても、第七官の存在を誰かが立証したわけではありませんし、町子自身も何のことなのかよく分かっていません。車田正美先生なら分かるのかもしれない。ただ、町子がその定義を考えている場面は作中に何度か出てきます。引用文はそのうちの一つです。

ここで町子は

  1. 自分は天井の穴を見上げているのではなく、まるで井戸を覗きこんでいるようだ
  2. 三五郎も天井の穴を見て自分と同じように感じるのだろうか

という2つのことを考えています。

1. を考えるためには、単純な「いま、ここ」の把握を超えた「見立て」の能力が必要です。また、2. には「他人の視点を想像する能力」が要求されます。
このいずれかが人間の第七官だと言われたら、いまの私は納得してしまいそうです(昔は捻くれていたから納得しなかったかもしれないけど)。皆さんはいかがでしょうか。

*1:原文ママ。文頭ですでに「私は」と言っているので、この箇所では不要だと思う。

*2:短い間隔で「丁度」を3回も使うと、さすがに気になる。