Milindaの書斎

母国語と外国語を行ったり来たりしながら、自分なりに「書くこと」を追求したいと思います。

Composition 68 あゝ玉杯に花うけて

佐藤紅緑『あゝ玉杯に花うけて』p11

 豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な、菜畑に*1*2げんげさく*3くれないの田に降らす、あぜの草は夜露から目覚めて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉[と]を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
 チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげているかのよう、ところどころに立つ炊煙はのどかに風にゆれて林をめぐり、お宮の背後[うしろ]へなびき、それからうっとりとかすむ空のエメラルド色にまぎれゆく。

A little boy, a nephew of Tofu maker, was on the footpath of rice fields and hurrying to the next block. The brisk morning sun of spring was shining like golden rain. It ran through the forest and was pouring on the green wheat field, yellow colza field, and the crimson field filled with milkvetch. Weeds on the path had woken up and shook off down the night dews. Violets opened their flower petals, and dandelions raised their orange crowns. The water of the channel was trickling to the paddies, and frogs were preparing today's concert.
The little boy twirled two buckets hung on a shouldering pole, and then he was fascinated by the landscape for a while. From the embankment, he could see various things in the village; ranging rooves, a fire lookout, windows of public office, a storehouse with white wall, and so on. The morning sun was lightening them up, and they seemed to exult in a new day. Smokes of cooking breakfast were rising here and there. The hazes were fanned softly by a wind, traveled around the woods, streamed to behind the shrine, in the end, faded out in the sky of pale emerald green.

(Readability score: 77)

【雑感】
対句が多い漢文風の文章です。上手く訳す自信はなかったのですが、リーダビリティ・スコアは高く出てくれました。私の意訳が上手くいった結果だといいなあ…。

さて、Composition 63 の雑感で「若者向け小説といっても時代や作家によってまったく書き方が違う」と言いましたが、ここからはその続きのような話です。

『あゝ玉杯に花うけて』は昭和2年から3年にかけて雑誌「少年倶楽部」に連載された小説です。読者の年齢層を考えればいまで言うラノベなのですが、娯楽性はそんなにありません。明らかに、読者の教訓になることを目指して書かれています。娯楽小説というより教養小説ビルドゥングスロマン)に近いと感じます。

この小説のネタバレなんか気にする人はいないと思うので書きますが、結末は「主人公が一念発起して第一高等学校(≒東大)に入る」というものです。立身出世エンドとでも言いましょうか。

同作を初めて読んだ時に感じたのは

  • 昭和初期は今日に比べてまだまだ物質的に貧しかった
  • 貧しさから抜け出すには学歴が必要だった(今日よりも学歴の重要性が高かった)
  • だから少年読者に「まじめに勉強しなさい。それが人生のトゥルーエンドです」と説くような小説があっても、それほど説教臭いとは思われなかったのではないか?

と、いうことです。
私の推測が当たっているのか、この小説の価値観が当時どれほど一般的だったのか等々は分かりませんが、時代によって若者向け小説の内容がまるで異なっていることは感じ取っていただけると思います。

じゃあ私がこの作品を否定的に見ているのかというと、別にそうではないんですけどね。「古いから悪い」「古いからつまらない」と短絡的に評価するのは好きではありません。むしろ私も教える側の端くれですから、若者たちには「勉強って楽しいな」「学ぶことって素晴らしいな」と考えてほしいです。

*1:「黄色な、菜畑に」ではなく「黄色な菜畑に、」と校正すべき箇所ではないだろうか。

*2: colza field の代わりに rape field としてもよいようだ。colza と rape はともに油菜を意味する。でもやべー意味になりそうなので colza にしておきます…。

*3:「げんげ」とはレンゲソウのこと。原文の注にそうある。