Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

Composition 45 螢川

 千代とて、絢爛たる螢の乱舞を一度は見てみたかった。出逢うかどうか判らぬ一生に一遍の光景に、千代はこれからの行末をかけたのであった。
 また梟が鳴いた。四人が歩き出すと、虫の声がぴたっとやみ、その深い静寂の上に蒼い月が輝いた。そして再び虫たちの声が地の底からうねってきた。
 道はさらにのぼり、田に敷かれた水がはるか足下で月光を弾いている。川の音も遠くなり懐中電燈に照らされた部分と人家の灯以外、何も見えなかった。
 せせらぎの響きが左側からだんだん近づいてきて、それにそって道も左手に曲がっていた。その道を曲がりきり、月光が弾け散る川面を眼下に見た瞬間、四人は声もたてずその場に金縛りになった。まだ五百歩も歩いていなかった。何万何十万もの螢火が、川のふちで静かにうねっていた。そしてそれは、四人がそれぞれ心の中に描いていた華麗なおとぎ絵ではなかったのである。
 蛍の大群は、滝壺の底に寂寞と舞う微生物の屍のように、はかりしれない沈黙と死臭を孕んで光の澱と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状に舞いあがっていた。四人はただ立ちつくしていた。長い間そうしていた。

宮本輝『螢川』

※ただし中村明『名文』からの孫引きである。

Chiyo also wanted to see fireflies crowd fulgently at least once. She thought this is the chance of once in her lifetime. She was going to try her luck by whether she could meet the fireflies or not.
An owl hooted once more. When the four people started walking, the sound of insects stopped. The blue moon shined above deep silence. After a while, the insects restarted singing. Their voice was undulating and heard from the depths of the earth.
The four went up a slope way. Far below them, water in the paddy fields reflected the moonlight. The sound of a flowing stream decreased for the moment. They could see no light except for their torch and the illumination of the houses.
The babbling heard again from the left. The path curved to the left side. The more the four stepped forward, the bigger the babbling was. When the four reached the endpoint of the bent road, the river appeared. The moonlight was scattered on the surface of the river. The moment seeing that sight, the four stood gaping without any motion. They had walked even less than five hundred steps. On the edge of the river, fireflies swarmed silently. They amounted tens of thousands, well, hundreds of thousands. That was not the fairytale-like scenery the four had imagined in each mind.
The storm of fireflies got dregs of light containing unfathomable silence and stench of death like dead microorganisms drifting desolately to the bottom of a waterfall basin, and fireflies started soaring to the sky glazing over their luster like cold sparks. The four could only stand stock-still. They had stopped for a long time to see the shine fade away.

【雑感】
引用文のもう少し後に「蛍がヒロインの服の中に飛びこむ」という場面があって、けっこう有名です。ただ、そこだけ切り取ってもあんまりいい場面に見えないなと感じたので、チョイスしませんでした。
初めて『螢川』を読んだ時にはぎこちない文章だと思った記憶がありますが、いま見直すとそうでもないですね。むしろ文と文が上手く繋がっているし、センテンスの長さも適切だと思います。
最後のほうの「螢の大群は」から始まるセンテンスだけはかなり長いですが、それは見せ場だから意図的に長くしているのです(英訳するときも無理やり1つのセンテンスにしました)。
昔の私は何を血迷って上から目線で「ぎこちない」などと寝言を吐いていたのでしょう?

ちなみに英訳のリーダビリティ・スコアは77点でした。上述のようにクソ長いセンテンスを含むので、それをいくつかに切って訳せばもう少し上がるでしょう。
言うのはもうこれで3度目になりますが、やっぱり自作した英文よりもプロが書いた文章を訳したもののほうがアプリからの評価は高いです。きっと表面上のテクニックではなく根本的な部分で差があるのだと思います。主題の明確さ、主題と各センテンスの関係等々を本気で再考しないといけない時期に来ているのかもしれません。