Milindaの書斎

母国語と外国語を行ったり来たりしながら、自分なりに「書くこと」を追求したいと思います。

Composition 44 咬ませ犬

過去の記事に「書くことの練習以外に楽しみがない」と書いて、その後に別の記事で「あれは言いすぎだったかな」とも書いたのですが、やっぱり私にとってこれに優る楽しみはありません。なので、当面は飽きるまで小説(等)の翻訳をやろうと思います。本当に飽きるまでやれたら、きっと何かが自分の中に残っているはずですし。

 上半身は裸で、ヌーッとした感じで、彼はひとり部屋にいた。
 取りつく島がないという雰囲気である。
「俺なんか話すことなんてなんにもないよ」
 ぶっきらぼうに、棒を飲み込んだような言葉が返ってくる。
 このジムでやるんだね、と訊いても、はっきりした答えはなかった。
「俺なんか田舎のうらぶれたジムがいいんよ。ここは若い奴ばかりで俺にはまぶしすぎる。昔は気力の塊みたいなところがあったけど、今は水もがばがば飲むしね。もうハートが腐っとるわ。腹なんてだぶだぶやしね」
 といいながら、右手で自分の脇腹を摘まんでみせる。ボクサーの躰である。わずかなたるみしかないのだが、それでも彼には不満なのであろう。
 その日、彼の口から積極的な答えは何も聞けなかった。ただ、一度だけ、彼はむきになっていった。私が、やってきたボクシングに嘘はなかったんでしょう*1、といったときである。
「嘘なんてないよ、俺のやってきたボクシングに嘘なんて……」

後藤正治『咬ませ犬』p18-19

Being naked from the waist up, he looked vacuous. He was alone in his room.
I felt there was no way to get close to him.
"It is no worth interviewing me." His response was blunt and stiff.
I asked him, "You decided to transfer to this gym, didn't you?" He answered only vaguely.
"I prefer a rural poor place. Too many young boxers are here. I'm so old that I can't burn with passion as well as them. Though I was full of spirit a long time ago, I drink water heavily nowadays, you know. My heart has already been spoiled. Look, how obese I am!"
Saying so, he pinched his side by the right hand. Whatever he said, he had the boxer-like body. Though his body was saggy only a little, he seemed to be dissatisfied with it.
In the end, I got no positive comments from him that day. However, he took my question seriously only once. That is when I asked him, "Your boxing is not half-hearted, is it?" He replied angrily, "Why is my boxing half-hearted? I have done it sincerely……"

【雑感】
後藤正治さんのノンフィクションです。表題作「咬ませ犬」では、谷内均というボクサーが取り上げられています。引用文は初めて谷内に取材しに行った時の会話です。
"嘘なんてないよ、俺のやってきたボクシングに嘘なんて……"
自嘲の中で一瞬だけ熱さを見せるこの台詞が、私は大好きです。

なお、英訳のリーダビリティ・スコアは86点に達しました。Composition 40 の85点を上回る最高記録です。とはいえあまり喜んでもいられません。私の英語が上手くなったからというよりは、やはり原文が簡潔で読みやすかったおかげなのでしょう。
完全自作の英文だと、いまのところ75点が限界です。中学生への宿題として書き、できるだけ難しい単語や構文を排して仕上げたものが、ようやっと75点だったのです。
でもプロは何の制限もなしに書いて、しかも私の不完全な翻訳を通してさえ、86点。残りの10点ちょっとを埋めるにはもっと根本的な読みやすさが必要なのかもしれません。やさしい言葉を使う等の表面的なテクニックではなく、文と文の繋がりをよくするといえばいいのか……。そこがプロとアマの差なのでしょう。

*1:not half-hearted 「半端な気持ちではない」とした。