Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

Composition 37 音楽の聴き方

 比喩とは言えないかもしれないが、もう一つの印象的な例を挙げておこう。クラシック音楽における「地元の人(ヨーロッパの愛好家たち)」が極めて頻繁に使う、「彼はきちんと音楽をしていた」/「あれは音楽じゃない」という表現である。例えば有名演奏家の、極めてブリリアントではあるものの、これみよがしで技術が空回りしているような演奏について*1、彼らはよく「あれは音楽じゃない(ドイツ語で言えば Das ist keine Musik.)」という言い方をする(例えば*2いつか知人がムーティモーツァルトを聴いて、一拍一拍を金槌で叩き込むようにして振るその様子を、「あれは樵だ、あんなの音楽じゃない」と形容していた)。逆に、非常に不器用だが、音を大事にして*3、何かを伝えようとするような弾き方に対しては、「彼はちゃんと音楽をしている(Er macht Musik.)」という賞賛が贈られる。

岡田暁生『音楽の聴き方』p45

I give one more impressive example, though it is a little different from a simile. The classical music enthusiasts in Europe extremely often say, "He did music really," or "He didn't do music." For instance, I suppose that they listen to a performance by a famous player. The player shows brilliant skill. However, he seems to be ostentatious and to overlook the technique. In such a case, they most likely say, "That's not music," in Germany, "Das ist keine Musik." One day a friend of mine listened to Mozart conducted by Muti and said, "He must be a woodcutter. He isn't doing music." Muti swang the baton to emphasize beats as if he had driven a nail with a hammer. My friend described Muti's motion as a woodcutter, with irony. In contrast, the classic music lovers in Europe commend a type of player, who interprets the score carefully and try to send something to listeners. Even though he has heavy hands, they give him praise that he does music really (Er macht Musik.).

【雑感】
「音楽をする」ことは、技量と必ずしもイコールではないのです。先の記事で中村九郎について

彼の書いた文章を読むたびに思うのです。「この人は小説をしている」岡田暁生風)と。

と書いたことの意図は、上に引いた岡田暁生の文章を読めば分かっていただけると思います。
九郎はところどころに光るセンスを見せるものの、世間一般で言う「文章力」はあまり高くありませんでした。ただ、彼は彼なりに言葉を大事にして、何かを伝えようとしていました。だから彼の小説を読むと、いつも「小説をしているな」と感じます。当時はそう感じた、ではなく、読むたびにそう感じるのです
ここで言う「言葉を大事にする」というのは、もちろん辞書や教科書に載っている「正しい言い回し」をすることではありませんし、ライターがよく言う「読み手の立場になって」「読みやすく」というテクニックのことでもありません。

翻って我が身のことを考えてみますと、私は細かい文章技術にこだわりすぎる傾向があるかもしれません。「文章を上手く書く」ではなく「文章をする」という気持ちを忘れないよう、自戒が必要ですね。

*1:ここは I suppose that を使って「仮に~な演奏を聴いたとする」としてみた。文意を正しく伝えられているか不明。仮定の部分が長くなりすぎるからセンテンスを切ってthat節の外に出したのだが、それだとやっぱり意味が変わってしまうのだろうか。

*2:「例えば」を連続で用いるのは、ちょっと悪文気味ではないかという気がする。だからこのセンテンスは補足情報としてカッコ内に入れたのだろうか。それはそれでカッコが多すぎる文章になっている気がするけど。

*3:「音を大事にする」は interpret the score carefully 「楽譜を注意深く解釈する」としてみた。