Milindaの書斎

母国語と外国語を行ったり来たりしながら、自分なりに「書くこと」を追求したいと思います。

自分用メモ34 #応援しているチーム

お題「#応援しているチーム


過去の記事に、自分の好きなサッカー選手は阿部正紀と福村貴幸だと書いた。彼らはFC岐阜でプレーしていたとも書いた。そのことから分かるように、私はJリーグのFC岐阜を応援していた。ただし過去形だ。いまは積極的に応援しようとは思っていない。

観戦をやめた理由は、要するに岐阜サポーターの大多数と考えが合わなかったからだ。
私は、プロスポーツのクラブなら勝利を目指すべきだと思っている。勝利を目指しているからこそ監督や選手は最善を尽くすのであり、最善を尽くすから名采配やファインプレーが生まれるのであり、だからこそ観客は心を揺さぶられるのだ。よって、勝利を目指すことはプロクラブにとってすべての出発点であり、大原則である。
もちろん努力をしたからといってシーズンの全試合に勝てるわけではない。特に岐阜のようなクラブは戦力が豊富でないから、勝てない試合のほうが多いだろう。私もそれは理解している。だから連敗が続いても、順位が落ち込んでも、それだけで腹を立てるということはない。
しかし、勝利を目指すという大原則が揺らいでいるならば話は別だ。監督や選手が負けても悔しくないと感じているならば、もう応援する気はない。勝つという目的を見失ったチームから、見る者を本当に感動させるようなプレーが生まれるはずはないからである。
残念だが、昨年のFC岐阜においては大原則が揺らいでいるように見えた。それを証明するように成績は低空飛行を続け、結局は単独最下位でJ3に降格することになった。しかし、大多数の岐阜サポーターはそんなチーム状態を見て何も感じなかったらしい。彼らは「いいプレーを見て、結果として感動する」ためにサッカー観戦をしているわけではなく、「岐阜の試合なら何でも感動する」という思考回路を持っているようだ。感動するという未来が確定しているのだから、そりゃあ応援が楽しくて仕方ないのだろう。信心によって来世での救済が約束されているようなものだ。
私にはそこまでの金剛石のような信心はなかった。そして、私のような不心得者は岐阜サポーターの中では少数派だった。己の弱さを自覚した時点で、私は黙って去ることにしたのである。
代わりにというべきか、今シーズンは福村貴幸がいる東京ヴェルディの試合結果を追ってみることにした。しかし漠然とそう思っただけなので、いつまで続くかは分からない。