Milindaの書斎

母国語と外国語を行ったり来たりしながら、自分なりに「書くこと」を追求したいと思います。

Composition 25 カンバセイション・ピース

 私は一種の恋愛小説を書こうとしていたのだが、まだ一行も書いていなくて、一人で二階のこの部屋にいる時間は窓から外ばかりを眺めている。
(中略)
 恋をすると見るもの聞くものが楽しくなるとか、世界が生き生きとしてくるとか言うのは本当で、こういう風にただ拡散していきがちの視覚をひとつにまとめあげる力が人間の中で働き出して、風景は息を吹き込まれる。恋愛を小説やテレビドラマにするとお互いの気持ちのすれ違いや社会的な制約のことばかりが筋になってしまうけれど、恋愛という状況の中にいる人間の世界全体が活気づくことの方が私にはずっとおもしろい。
 つまり恋愛小説といってもそういう感覚を基盤にした、人間と世界との関係の話なのだが、そんなことを考えているあいだも耳は視覚ほどには意識されないまま、短く啼きながら飛んでいくカラスの声や遠くの自動車の音や、階下[した]で誰かが歩く振動を聞いていて、そういう音に混じって玄関の引き戸がガラガラと開いて閉まる音がして、それにつづいて台所で水を流す音がして、戸棚をバタンと閉める音がして――、音が聞こえてくるたびに階下への注意が強まっていたらしくて、私は伯母が買い物から帰ってきて、台所仕事をはじめたように感じていた。
保坂和志カンバセイション・ピース』p41-42

※太字にした部分は、原文では傍点が付けられている。

I'm going to challenge a kind of love story, but I haven't written even one line yet. I only view outside from the window when I'm alone in this my upstairs room.
[omit]
It is true that someone in love sees and hears everything with joy or finds the world vivid. A specific function starts acting on. It integrates one's eyesight, which tends to be discursive, and makes the scenery that we look lively. Most writers focus on a miscommunication of lovers or social restriction of love when they take up love in a novel or TV drama scenario. However, I'm much more interested in the fact love changes our recognition of the whole world than the barriers that prevent lovers from getting more intimate.
Namely, I want to depict a relationship between an individual and the world, and a process that love transforms the relation. While I'm thinking such an abstract thing, my ears operate more unconsciously than my eyes, and I hear the short cry of crows flying away, a noise made by running car far from here, vibration caused by someone walking downstairs, and mingled with such sounds, sliding door of the entrance opens and closes with rattling, subsequently, my ears sense that water flows in the sink with a splash, cupboard slams down―my attention to the downstairs might have increased each time I got an auditory stimulus, so I felt my aunt come home from shopping and begin kitchen work.

【雑感】
保坂和志先生は、独自の地位を築いておられる作家です。単純な好き嫌いでいえば、私は先生の作風がいちばん好きかもしれません。
その作風は「何も起こらない派」とも呼ばれます。波乱万丈のストーリーで読者の耳目を集めようとするのではなく、むしろ刺激的な事件を作中で起こすことを避け、描写そのものの力で読者を引き込もうとするからです。ただ私が思うに、先生はいわゆる自然主義的な描写にこだわっているわけではなく、むしろ「見たままに書く」「客観的に書く」という態度自体を常に疑いながら言葉を紡いでいるのです。
英訳に際しては、引用部後半の長く続くセンテンスを訳すのに苦心しました。また、日本語でいう「音」「音がする」をできるだけ色々な言葉(noise、sound、rattle、splash、slam)で訳し分けるように心がけました。