Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

自分用メモ27



今から10年くらい前、4つの言語を学びたいと思っていた。4ヶ国語ではない。4領域の言語という意味だ。

具体的にいうと母国語、外国語、人工言語、音楽である(人工言語とは数学やプログラムのことをぼんやり指すと思ってください)。

ある時、ふと思いついたのだ。「この4領域を兼学すれば、きっといい文章が書ける」と。ただし思いついただけで終わりだった。

それから10年ほど経ったが、どの領域でも大した進歩はできなかった。

(ネガティブなことを書いた段落は削除して、気を取り直し)

以前のメモにも書いたが、努力を続けられなかった最大の原因は、自分のやり方を見つけられなかったことだろう。

結局、続けられる方法がいい方法なのだ。やるのは自分なんだから、自分が続けられない方法を採用しても意味はない。

この「やるのは自分」という大原則を忘れて、過去の私は「王道」やら「科学的な方法」ばかり求めていた。自分のやり方が正しいかどうか不安で仕方がなかったのだろう。他人に「それが正解だよ」と言ってもらえる方法しか採用したくなかったのだ。

いまの私が考える自分のやり方とは、あえて簡単に言ってしまえばインプットの重視だ。要するに、知識の詰め込みである。

以前の私に最も欠けていたのは「覚える」ことだった。そもそも「覚えるための努力」という概念を、かなり年齢がいくまで知らなかったのだ*1。努力を続けられなかったことにも、これが大いに関係していると思っている。

だからインプットを重視する。もちろん、他人の目には正しいやり方と映らないのかもしれない。「そのやり方は変だよ」と感じる人もいるだろう。
でも、私はこれこそが自分のやり方だと思っている。やるのは自分なのだから、いまの自分に必要だと思うやり方を採用する。

*1:要するにゆとり世代ということ。子どもの頃に「詰め込みは悪です。考える力さえあれば暗記は要りません」と言われて育ったのである。※感じ方には個人差があります。