Milindaの書斎

読んだこと、考えたことなどを書き留めます。外国語はたまに。

読みました 26


中島岳志血盟団事件』を読みました。

血盟団事件 (文春文庫)

血盟団事件 (文春文庫)



血盟団事件とは、政財界の要人が標的となった1932年の連続テロ事件です。井上日召という宗教家が指示を出し、彼を慕う若者たちが実行犯となりました。




「純粋」で「まじめ」な人たち

 決してテロリズムを肯定するわけではないのですが、本書を読む限りでは井上日召に割と共感してしまいました。

 幼いころの日召はエジソンのような「なぜなぜ坊や」だったそうです。ただ、その関心は自然科学や発明よりも人文社会方面に向いていました。特に「善悪の基準は何なのか」という疑問を解決できず、青年期に至るまで抱き続けいました。

 多くの人は、大人になるにつれてそのような疑問を忘れてしまうか、「みんながそう言ってるからそうなんだ」「そういうものなんだ」と思考停止するのだと思います。本気で問い続け、悩み続けた日召の姿勢からは、一種の純粋さが見て取れます。

 彼に惹かれた弟子たちも、純粋でまじめな性格の者が多かったようです。また病気で離職した者も多く、みな社会からの疎外感を抱いていました。
「自分のような人間は身を投げ出すことでしか世間の役に立てない」という思いが、彼らの胸にありました。結果からいうと、投げ出す方向が間違っていたのですが。

 血盟団事件の背景には、もちろん当時の社会矛盾、貧富の差、閉塞感などがあります。ただ、そういった外的要因以外に、「内的な要因」つまり彼らの純粋な性格も大きく作用しているのではないか。一読してそんな印象を持ちました。

 繰り返しになりますが、テロリズムを美化してはいけませんけどね。

スピリチュアリズム反知性主義

 井上日召の思想には、スピリチュアルで反インテリ的なところがあります。初期の弟子たちは純粋で真面目ではあっても、悪くいえば「低学歴の田舎者」でした*1

 そのため北一輝大川周明安岡正篤といった国家主義の理論的指導者に対してはいい印象を持っていなかったようです。

 そもそも日召の思想には「闘争」や「計画」という発想そのものがなかった、と著者はいいます。「世の中はこのままじゃいけない!」という強い思いはあっても、どうやって社会を変えるかという計画はまったくありませんでした。北一輝の「社会改造論」との違いだとされます。

 唯一持っていた具体的な構想は「同志たちを数十万規模まで増やして国会を取り囲む」というものでした。簡単にいえば、デモ行進で世の中を変えられると思っていたのです。

 闘争という発想もないので、マルクス主義階級闘争も嫌いでした。社会矛盾を目にしたときに共産主義に走らなかったのは、これが理由なのでしょう。

 戦う必要はない、みんなが一斉に真理に目覚めればそれが革命になる、というのが日召の考えでした。だから革命もクーデターも目指していませんでした。

 テロリズムを志向するようになってからも、その点は変わっていません。彼らは政権を奪取しようとか、革命政府を作ろうとか、偉いやつに成り代わろうとか考えていたわけではありませんでした。「自分たちは社会変革のための捨て石になる。死刑にされても国民の目を覚ませれば本望」と信じていたのです。

 あえて辛辣な言い方をすると、井上日召たちは「脳内がお花畑」だったのだと思います。だから「賢い」人たちには予想できない行動をとってしまったし、刑法が抑止力として働かなかったのでしょう。

一体化による乗り越えは……

 みなが真理に目覚めればいいとはいっても、井上日召の考える真理とは何なのでしょうか。それは「人生・国家・宇宙は一体である」という見方でした。

 これは日召が少年時代から悩み続けてきた「善悪の基準とは何か?」という問いへの答えでもありました。人生・国家・宇宙が一体となった状態で生きているならば善、そうでなければ悪、というわけです。

 私なりに言い換えるなら、「自分・他人・自然界の一体化」となります。他人と上手くやり、自然と調和する生活をしていれば、それが最上の幸せである、といったところでしょうか。信奉するかどうかは別として、理解はできます。おそらく日本人好みの(少なくとも当時の日本人好みの)価値観なのでしょう。

 一体化によって疎外を乗り越える論理として、マルクス主義や「近代の超克」と比較するのも面白いかもしれません。

 ただ、他人や国家との完全な一体化はあり得ないと思います*2。「誰かと一体である」「国と一体である」と感じる瞬間に人は幸せである、ということを否定はしません。というか、自分もだいぶ一体感に飢えているほうでしょう。しかし、その一体感はなかなか得られるものではないし、永続するものでもないし、求めすぎてはいけないと考えています。

 日召も自身がいうところの「真理」を実践できていたわけではないように見えます。弟子のうち彼のスピリチュアリズムについていけない者はどんどん離脱していき、居士号の授与で弟子の心をつなぎ止めなければいけなかった、という記述があるからです*3

 日召と弟子たちも決して一体化はしていなかったということですよね。意地の悪い見方ですけど。

血盟団事件 (文春文庫)

血盟団事件 (文春文庫)

*1:後には東京帝大や京都帝大の学生も加わったが。

*2:自然との一体化は……どうなんだろう。

*3:オウム真理教ホーリーネームを連想する。

自分用メモ 52

聴耳草子と「きりなし話」

『聴耳草子』は佐々木喜善岩手県の昔話を集めた本だが、その末尾には「きりなし話」と呼ばれる類型の話が載っている。

「きりなし話」とはだいたいこんな感じの話である。

【例】
 栃の実がひとつ、川に落ちました。実はどんぶらこ、どんぶらこと流れて行きました(語り手の好みによって川岸の風景などを描写)。
 栃の実がもうひとつ、川に落ちました。実はやっぱりどんぶらこ、どんぶらこと流れて行きました。
 さらに栃の実がもうひとつ、川に落ちました。実はやっぱりどんぶらこ、どんぶらこと流れて行きました(以下、オチもなく続く。おそらく聞き手が「別の話にして」と言いだすまで続くのだろう)。


きりなし話には、文字通り「きり」がない。いわゆる「ヤマ」や「オチ」が欠落している。昔話のレパートリーが尽きたときに窮余の策として語られた話だろう、と佐々木喜善は解説している。

このような類型にわざわざ「きりなし話」と名前をつけ、本の最後におまけのように載せているのは、これが「普通の物語」ではない、という前提があるからだろう。物語には本来「きり」があるのもので、「きり」がなければ物語ではない、と了解されているからだろう。「きり」がなければ「お話にならない」のだ。

考えてみると、「きり」を必須とするのは物語だけではないのかもしれない。あらゆる文章、あらゆる言語表現にも要求されるのではないか。論文にも、報告書にも、小説にも、詩歌にも。どんなジャンルを選ぶにせよ「何を伝えたいのか」「どこを目立たせたいのか」は必ずはっきりしていなければならない。少なくとも読み手はそのつもりで読むだろう。


振り返ってみると、自分が書くものには「きり」が欠けていたのかもしれない。大学のレポートにせよ、小説にせよ、短歌にせよ、だいたいどれも「どこに焦点があるのか」とか「何を目指しているのか分からない」と言われた。

もちろん「文章に『きり』はなくてもよくね? むしろなくす方向に突き詰めてみたら面白くね?」と考える人たちもいる。例えば保坂和志で、あの人は「きりなし話」を極めた作家だと思う。自分は『プレーンソング』と『書きあぐねている人のための小説入門』しか読んだことないが、何しろ若いころだったのでだいぶモロに影響を受けた。そこで「こういうのが本当の文学だ。ストーリーが分かりやすいものはただの娯楽作品だ、質が低い」と勘違いしたのが、いまにして思えばよくなかったかなぁ。実際は文学がよく分かっているどころか、ほとんどラノベしか読めない頭だったくせにね。*1


しかし、自分が書くものに「きり」が欠けていたことに気づいたからといって、すぐに是正できるものではない。そう簡単に「きり=書きたいこと・伝えたいこと」は見つかるものではないし、見つけるための鋭い感性も持っていないからだ。ま、無理に書こうとしても上手くいくはずはなくて、書くことがないなら書くのをやめるべきなのだろうな。

短歌も、鑑賞はともかくとして作るのはしばらくやめるかもしれない。「詠むべき発見」って私の人生にはそんなに無いので。毎日、抒情しながら生きているわけでもないし。仮に発見や感動がたくさんある時期になったら、また作るだろう。

聴耳草紙 (ちくま学芸文庫)

聴耳草紙 (ちくま学芸文庫)

プレーンソング (中公文庫)

プレーンソング (中公文庫)


捜神記

「幽霊は実在するか」という話が面白かった。
現代に置き換えるとどうなるんだろう。リモート飲み会してたら「私は存在しないんです。実はただのプログラムなんですよ」と言いだす人がいるとか? うーん。ダメだな。改変にもセンスが要る。

捜神記 (平凡社ライブラリー)

捜神記 (平凡社ライブラリー)

  • 作者:干 宝
  • 発売日: 2000/01/24
  • メディア: 文庫

*1:好きなラノベは色々あるが、例えば新井輝の『ROOM.NO.1301』だ。何度かこのブログでも触れている。少年向けなのに肉体関係が明示されていることで話題になった作品だけれど、あの作品の本質は「ただ登場人物がしゃべっているだけでストーリーが進まない。でもその会話を読むのが何となく心地いい」ところだと思う。
もちろんテーマがないというわけではなくて「何をやったら男女がつき合っていることになるのか、愛していることになるのか」という大きなテーマはあるのだが、それを語るだけならあんなに巻数は必要ないはずだ。明らかに無駄な会話が多い。しかし、なぜかそれを読むのが心地いい。理由はよく分からないけれど、何度も読みたくなる。楽しみの質は保坂和志の作品によく似ていて、「きりなし話」に分類できるだろう。

自分用メモ 51


色んなことに集中できている時期はいいのですが、そうじゃない時期は1冊の本を通して読むことが少なくなってきます。読みきらないうちに別の本に手を出し、それも読みきらないうちにまた別の本に手を出し……と繰り返してしまうわけです。

そんな状態でも一応、読んで知ったことは記録しておきたい。記録を残せば後で振り返る可能性が生まれるけど、残さなかったらそもそもの可能性がゼロになってしまう。たとえメモ書きでも無いよりはマシだろう。
……そう考えて、書き留めておく次第です。以前はこういう方法に否定的だったんだけどね。


徒然草

徒然草』を少しずつ気が向いたときにだけ読んでいます。校訂・注・訳はこのブログでも何度か触れた放送大学の島内裕子先生。

世を背ける草の庵には、静かに水石をもてあそびて、これを余所に聞くと思へるは、いとはかなし。静かなる山の奥、無常の敵、きほひ来らざらんや。
(百三十七段より)

(意訳)世捨て人になったからって、運命を超越したと思ってるやつはかわいそう。山の奥で暮らそうと、いつ死ぬか分からないという意味では世間一般の人と同じなのに。

大方、何も、珍しく有り難き物は、良からぬ人の、もて興ずる物なり。然様の物、無くて有りなん。
(百三十八段より)

(感想)そうはいっても、なかなか難しい。時代の進むスピードが兼好法師の時代より速いからなぁ。「不易」が何なのか見抜く目があればいいんだけど、そんなことができるのはいわゆる天才だけで、天才は徒然草なんか読まんでも成功しとるだろう。

徒然草 (ちくま学芸文庫)

徒然草 (ちくま学芸文庫)



熱学思想の史的展開

  • 今日、熱はエネルギーの移動や仕事への変換効率という「関係概念」と捉えられている。あるいは、原子の運動の激しさという「状態概念」と捉えられている。所詮文系なんでこの辺あんまり分かってないです。
  • 重要なのは「熱のもとになる物質」があるとは考えられていないこと。つまり、熱という性質が「モノ化」されて捉えられているわけではない。
  • アリストテレスによる「質の自然学」と「論理学」が中世までの科学の根幹だった。質のモノ化。
  • 質の自然学に異を唱えたのが機械論。しかし、機械論でも「熱の原子」などを仮定しており、質のモノ化を逃れ得ているわけではない。
  • (以下感想)質をモノと捉えるのは人類の習性なのだろうか? 「性格」なんかもそうだよな。他人の行動を見て、「あの人は『○○な性格』という『モノ』を持っている」と捉えている。
  • 廣松渉の物象化論と比較したらどうなるんだろう?

読みました 25


大西雅雄『朗読学』を読みました。

初版は1940年だそうですが、2015年に国書刊行会が復刻版を出しています。私が読んだのはこの復刻版です。

朗読学

朗読学

  • 作者:大西雅雄
  • 発売日: 2015/04/27
  • メディア: 単行本


元は80年以上前の本ですから、素人の私が見ても「これは古くなっているのではないか?」と感じた箇所はちょいちょいあります。

まず、脳の働きについての記述は古びている可能性が高いでしょう。カットしてもよかったのではないでしょうか。

その他に言語学や心理学などの学問も進歩しているでしょうから、「現代の主流」とされるような見解とは少しズレが出ているのかもしれません。


さて、こうした書き方からも察せられると思いますが、本書には色々な分野の話が出てきます。

文学、言語学、心理学、脳機能など、従来は各分野でバラバラに考えられていたことを繋げて「朗読とは何か」を体系的に捉えようとしたのが本書の試みです。
さらには狭義の朗読を超えて「読むとはどういう行いか」と、もう一つ抽象的な次元まで議論を進めようとしています。

このような試みは貴重だし、だからこそ復刊されたのではないでしょうか。少なくとも私は読めてよかったと思いました。感動すら覚えました。

自分にとって長年の疑問だった「読むときに頭の中で音声化してもいいのか問題」にも、一定の答えが出せそうです。

朗読学

朗読学

  • 作者:大西雅雄
  • 発売日: 2015/04/27
  • メディア: 単行本



以下、自分用メモ。

  • 「文字→音韻→心象」の連合がスムーズであれば問題はない。「文字→音韻」の連合を無理やり断って「文字→心象」の連合に変えようとする必要はない。つまり、無理して音声化をやめる必要はない。
  • 問題があるとしたら「文字→音韻」の連合があることではなく「音韻→心象」の連合がスムーズでないこと。ここの連合ができていないと書き言葉どころか話し言葉の理解に困難が生じる。俺みたいなコミュ障のことですすいません。
  • また心象の内容が一つの感覚(視覚、聴覚etc)に偏っていることも問題。
  • 一般意義と臨時意義の違いも重要。前者は辞書的な意味、世間で通用する意味。後者は文脈上の意味や、その人独自の用法。この違いに敏感になるほうが、無理して音声化をやめようとするよりよほど建設的だろう。

読みました 24


猪瀬直樹『新版 昭和16年夏の敗戦』を読みました。

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))


総力戦研究所って何?

この本では、太平洋戦争直前の「総力戦研究所」の活動を丁寧に描いています。


総力戦研究所が何を研究していたのかは名前のとおりですし、ネット辞書にも詳しい説明があるのでそちらに譲ります。

日本が国家総力戦をいかに戦うか研究していたんだな、ということと、メンバー構成に以下のような特徴があったことを押さえていただければ十分だと思います。

  • 軍人だけでなく文官や民間人まで幅広い分野の人材が集められた。
  • ほとんどが30代の若手だった。


総力戦研究所は「日米開戦したら必敗」という結論を導き出します。しかし、彼らのプレゼンを見た当時の陸軍大臣東條英機は、上の記事にもあるように否定的な反応を示します。

これについて猪瀬氏は「東條の正確な発言はどこにも記録されていない。関係者の記憶から再現されたものである」といっていますが、とにかく総力戦研究所の見立てを素直に受け取らなかったのは確かなようです。


そして日米交渉が決裂に終わり、太平洋戦争へと至るわけですが、戦局の推移はほぼ総力戦研究所のレポートどおりになったとされています。東條の言ったことは的外れもいいところでした。総力戦研究所の正しさが証明されたわけです。

総力戦研究所は「追放された系主人公」なのか?

この東條と総力戦研究所のエピソードをもって「若きエリートたちは未来を見抜いていたのに、頭の硬い老害軍人どもが聞き入れなかったのだ」という物語が、よく語られます。

しかし、それは本当に正しいのだろうか? 安易で一面的な見方なのではないか? と問題提起しているのが、猪瀬氏の『昭和16年夏の敗戦』です。

前置きが長くなりすぎて疲れたので、もう箇条書きします(ぉぃ)

  • 本書の前半部を読む限り、総力戦研究所の活動もけっこう迷走していたように思える。開戦が迫っているのに「総力戦て何だろう?」と定義から考えているような状態。研究の方法自体を手探りで研究していたような印象。
  • 上はあくまで私の個人的な印象だが、猪瀬氏も「産んだら産みっぱなしだった総力戦研究所には産婆がいても乳母がいなかった」と述べている。研究所を開設してはみたものの、どんな組織にするかは行き当たりばったりだったということ。
  • 猪瀬氏は次のような厳しい評価も下している。

ただ彼らは早い時期に日本必敗を予感していた。しかし、その見通しを、現実になにかに生かそうという算段はほとんどしていない。その点で、あの十六年十月十八日に総理大臣になった東條英機と、ある意味では共通のメンタリティーを持っていたことになる。わかっていても"勢い"に押し流されていくしかない。(p246)

  • また、総力戦研究所のメンバーで後に政治家になった者は一人もいなかった。猪瀬氏はそれを残念がっている。経験を活かすべきだったのに、と。後に猪瀬氏が都知事になったことと関係があるのかな? 別にないか。
  • 東條のよく知られた発言(戦争は机上の空論で割り切れぬ云々)は総理大臣になる前のものである。そして上述したように一次記録がない。総理になってからの東條は天皇の意図を忖度し、戦争回避派だった。
  • 結局、誰かが無能だったとか誰かが独裁していたとかいうより、「バラバラなのに全員一致という体面だけを求めた」ことに問題があったようだ。報告や数字は全員一致に都合のいいときだけ使われ、都合の悪いときは無視された。少なくとも猪瀬氏はそう見ている。

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

読みました 23


藤森照信『フジモリ式建築入門』と鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』を読みました。

今回は、馴染みのない分野の本を雑に読んだら何が得られるかという実験です。何も得られていないかもしれません(ぉぃ)。

【フジモリ式建築入門】

  • 建築とは「美の器」であるとともに「記憶の器」である。記憶の器になり得るのは長持ちするから。
  • 意外にも「美」という抽象的な概念は日本建築では自覚されていなかったらしい。
  • 書道に楷書・行書・草書があるように、造形の世界にも「真・行・草」の分類がある。日本建築においては書院造が真、数寄屋造が行、茶室が草。
  • ここで注意すべきなのは「書院造→数寄屋造→茶室」と発展したわけではなく、「書院造→茶室→数寄屋造」の順であること。つまり「真→行→草」という一方向の変化(格式の崩れ)があったのではなく、「真と草を止揚して行になった」というべき変化があった。

小西甚一の雅俗論を想起する。ただ「草」と「俗」の細かい意味は違ってくるだろうから、その辺を深く考えたらどうなるか。


【ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか】

  • 「生き物すごい!自然すごい!」と礼賛するだけでは発想が狭まる。それは著者の本意ではない。著者はむしろ「なんで自然界には限られた造形しかないのか? なんでもっと違う形の体をもったらいけないのか?」と考えてほしい。
  • 生き物の体は分散処理+現地生産。体内で輸送・加工・廃棄できる材料でしか体を作れない。だから金属やプラスチックで体を作ることは難しい。
  • また、現地生産だと血管などの輸送管が必要になるので、回転関節(ドリルなど)も使えない。
  • ロボットの体は集中処理+工場生産。設計図に従って作る。一つ一つの部品に自己複製能力がない。
  • 生物の進化はマイナーチェンジの積み重ねであるため、長い時間がかかる。ロボットの進化はフルモデルチェンジ。もしロボットの進化に「カンブリア爆発」に当たる時期が来たらどうなるか。

→これは放送大学の人類学の授業でも習った気がする。「進化で体を変えるのは遅い。知識を積み重ねるのは速い」と。

読みました 22


子安邦宣『「近代の超克」とは何か』を読みました。

「近代の超克」とは何か

「近代の超克」とは何か


私にとっては難しい本でしたが、どうにか備忘録程度に書き留めておきます。


「近代の超克」は、雑誌『文学界』で1942年になされた座談会です。出席者を大きく2つに分類すると、一方に哲学者や歴史学者(京都学派と呼ばれる人々)がいて、もう一方に詩人や文学者(日本浪漫派と呼ばれる人々)がいました。


この座談会は英米との開戦を肯定的に捉え、近代を超克するための戦いだと位置づけたことで知られています。

もちろん今日の目で見れば、そのような論調には偏りがあります。

なぜそうなったのかを大掴みに述べると、

1. 京都学派は

  • 日中戦争がなぜ起きたのか説明できなかった。
  • 日中戦争が終わりそうにないという事実を認めたくなかった。

2. 日本浪漫派は

  • 国内外の閉塞感を「詩的表現」によって乗り越えようとした。
  • 軍事力の行使を「肉体による詩的表現」と肯定的に捉えていた。

このような背景があり「真の敵は『近代』を作ったやつらなんだ」「真の目的はアジアを『近代』から解放することだったんだ」という考えに傾いていくわけです。


太平洋戦争が始まった直後に詠まれた歌が載っているので引用しておきます。

耐へに耐へこらへ来ましし大み心のらせ給へば涙落ちにけり

創造の戦をわれら戦へり大東亜遂に一つに挙らむ

(吉植庄亮)

輝し大東亜生るる胎動は今し極り対米英開戦す

太平洋に血飛沫しぶく今日の日に脈搏つをきく民族の魂

(八代かのえ)

南の洋[うみ]に大き御軍[みいくさ]進むとき富士が嶺白く光りてしづもる

ひたぶるの命たぎちて突き進む皇軍のまへにABCD陣空し

南原繁


自分も短歌をやっているので、身につまされます。
周りの人間がこういう歌ばかり作っていたとしたら、流されずにいられるか。正直まったく自信がありません。たぶん流されます。その自覚を持っておくことは大事だと思います。


最後に付け加えておくと、著者の子安氏は中国が「独自的近代」を主張することにも批判的です(12章など)。

「近代の超克」とは何か

「近代の超克」とは何か